君がいて、ア僕がいると、浜は言う。
- 2008/05/18(日) 10:41:13
ミャンマー、中国にて立て続けに災害が起こった。
規模も被害も双方、甚大。
こうやって客観的によその被害を見る事で改めて自分は幸せだと思う。
水、食べ物、寝床、衣服、仕事、交通手段・・・ここまで完璧に欠けずに身の回りにある事が奇跡のように見える。
同時にココでなくて良かったと思う。
残酷なもので、多少の募金をしてもどこか罪悪感がある。
こういう時、倫理的には私が取るべき一番正しい行為とは、何だろう。
自他共に認められる行為とは、存在するのだろうか。
約30年分の人生で、怠けながらも学んだ事は結構ある。
さらに30年生きてもこういった倫理観は完璧になる気がしない。
その時常に自分が出来る事をしているだけだと思う。
多分、皆そうなのだろう。
明日は我が身、いざ自分が当事者になった時、結局初めて学ぶのかもしれない。
私は、少しでも足しになるよう、少しの募金をする事にする。
エコロジー、自分自身にも、気遣いを。
- 2008/04/30(水) 15:40:26
昨日からゴールデンウィークに入った。
といっても、派遣の身に大型連休は痛いだけであまり嬉しくない。
大型だろうが小型だろうが、特に予定があるわけでもないのだ。
しかし、せっかく久々に平日が暇になったのだから平日しか出来ない事を、
初めての献血を試みようと赤十字センターまで行ってきた。
元々私は健康診断の採血程度でもすぐ気分が悪くなってしまう。
しばらく前にHIVの検査に行った時もやはり目を回した。
なので献血の種類を受付のお姉さんに相談したところ、
お姉さんは医務室の先生に聞きに行った。
少しして先生が何やらオドオドと貧相な顔で、すみませんと謝りながら出てきて
問診表を書く為に並べられている席を私に勧めた。
当然書くのだろうと机に向かって座ったら先生は私の真横に
ひざまずく形に姿勢を低くし、オドオドしながら言った。
「申し訳ございません。貧血症の方はちょっとご遠慮頂いてまして・・・」
丁重にお断りされた。
あくまでもボランティアで成り立つ献血は問診等を通して
ある程度提供者にとって安全だと確認できない場合、
血を抜かないという事らしい。
立ちくらみ、貧血症程度でもしばらく寝ていれば直ると血を抜いて、
その後トイレでこけて頭打って死んだとなったら責任問題になってしまう可能性がある。
基本的に血さえ健康なら良いというものでは、ないのだ。
骨髄バンクの方も採血が数回ある事や、骨髄(すなわち血を作る組織)を抜く行為であるという理由で断られた。
その先生によると、事実、全身麻酔を施し、いざ血を抜いたら本人が急激な
低血圧を起こして結局自分の体に戻したという事もあるそうだ。
先生も、今度はお姉さんもオドオドしながら
「せっかく来て頂いたのに申し訳ないです。せめてお飲み物でも飲んで、
ゆっくりしていって下さい。また体質が変わったらお願いしますね」と言った。
申し訳ないのはこっちである。
私はオドオドし、コーヒーを頂いた。
それにしても目を開けば、当たり前のように健康な人間が視界に入る。
自分もその一人だと、献血(良い事)をするのだと、浮かれていた気がする。
自分が健康でなければ、他人の健康の手助けなど当然出来ない。
献血をする側とされる側が逆転することもあるだろう。
そして、怪我病気等での手術は毎日いたる所で行われており、
それに伴って当たり前のように輸血が行われていると想像できるが、
よくそんなに血があったものだと本日初めて感心した。
赤十字センターで採血を終えて休憩されていたのはたった二人。
採血室にはその時だれもいなかった。
私の地元だけで考えても病院の数は赤十字センターの何倍だろう。
とりあえず、私は体質改善をして行こうと思う。
- 2008/04/20(日) 20:47:34
本日はとても気持ちの良い一日であったので何度も庭にでて
私の可愛い新芽をいじって過ごした。
そもそも私が種を蒔いたのはまだ風の冷たい冬、
部屋の中ならよかろうと思ったのが大間違いでパセリもカモミールも
芽を出したものの、驚く程成長しなくなっていた。
死んでいるのか?と何度も思ったほどだ。
しかし芽は緑色をしており、死んでいるわけではなさそうだったので
捨てるわけにも行かず、あきらめ半分に庭に場所を変えてあったのだ。
このところ気候が著しく変化しているので先週あらたに紫蘇とズッキーニを
蒔いたのだがこちらは当然まだ芽も出てはいない。
しかしながら少し前に、はやる気持ちを抑えきれずに蒔いたバジルは芽を出した。
いまにも食いつきたくなるような、可愛い芽である。
どういうわけかサイズ的にはカモミールもパセリも既に追い抜いた。
そして、先日の恵みの雨に続いて昨日今日と随分暖かかったわけだが、
死んでいるとまで思われていたパセリとカモミールがここに来てぐいぐい
伸びて来たではないか。
思い起こせば、あれはまだ寒い頃、「芽が出たら株を分けてやる」と友達に豪語し、その後会う度に「芽は、どうなっているのだ」と言われたものだ。
友よ、その日は近いぞ。

カモミール

パセリ

バジル
・・・どういう芸術感覚をしているのかバジルについてはどの芽にも焦点が合っていない。
雨女、畑いじって、田舎ぐらし。
- 2008/04/13(日) 15:10:09
先週の事になるが、新人研修の為ヘッドオフィスのある東京は渋谷まで出掛けた。
新人研修といっても私はただの派遣社員なのでわざわざヘッドオフィスで研修など受けたところで業務に何の良い影響もない。
しかし会社は景気が良いのか、費用はきっちり負担してくださる。
私も調子に乗って、東京に出張だと大げさに言いまわった。
前泊の必要があったのだがホテルは自分で探さなければならないかわりに
領収書をとっておく必要もない。
一律で12000円支給と規定されているのだ。
もちろん、友達の家に泊まった。
本当は渋谷の友達にお願いしたかったのだが最近忙しくしているのか、
メール送っても音沙汰がなかったので練馬にすむ友達に頼んだ。
彼女とはトロントで知り合った。
よく考えるとそんなに親しくしていなかったかもしれない。
彼女は東京で生まれ、茨城で育ち、中学の時に一家でロスへわたった。
それからトロントの大学を卒業し、そのままトロントで働いていた。
英語はもちろんペラペラのペラリンチョ、見た目麗しく、アートを愛し、性格は明るく、これまた麗しい彼氏がいる。
東京にある家は彼女の祖母が残した家で、とても古いものではあったが東京に家があるというだけでも何か金持ちの響きがするではないか。
私が泊まらせて頂く日にご両親もロスから法事の為帰国されており、
東京で働く彼女の兄(二人いるのだが一人はロス)と家族そろっての晩御飯にお邪魔させて頂く事になった。
ご両親はとても上品かつ明るい方で、特にお父さんは牧師さんらしいのだが非常によく喋る。
お兄さんはこれまた見た目麗しく、カナダ人の彼女を連れてきており、
必然的に家族の会話が英語になっているのだ。
なんと言う別世界。
生まれる環境によってこんなにも基準が違ってくるのか!
比べる事さえ許されない雰囲気が漂っている。
ともあれ、その日はご自宅にお邪魔した。
雨が随分ふっていた。
翌朝、彼女のお母さんはお味噌汁と鳥のから揚げを作ってくれた。
から揚げ・・・?
ありがたくいただき、急いで準備をしたがまるで台風のような雨と風。
タクシーを呼ぶことにしたものの、東京ではこんな日、考える事は皆同じなのかタクシー会社が電話に出ない。
仕方なく駅までなんとか歩き、電車に乗った。
しかし酷い、なんていう混雑、まさにTOKIO・大都会!!!!
彼女が「今までこんなひどい事は無かったんだけどねぇ」と言った。
天候のせいで電車が遅れ、通勤ラッシュの時間帯がズレているようだ。
なかなか目的地につかないギュウギュウ詰めの電車に2回乗り、
新宿で友達と別れ私は渋谷へ。
ちゃんとしたお礼も言えず、人ごみに流されるようにして別れた。
渋谷から会社までは近いはずなのだが、地図はあてにならない。
私は方向音痴なのだ。
駅を出、方向を確かめ、歩道橋を確認し、傘をさして歩き出した。
直後に、強風にあおられ傘がぶち壊れてしまった。
ティッシュ配りのお姉さんが「ティッシュどうぞ、・・・でも傘が壊れてますね・・・」と言ってきた。
ありがとう、とティッシュをもらい、会社は近いはずなので小走りに先を急いだが一向に会社らしき建物が出てこない。
大きな、よく分かるビルのはず。
私は別のティッシュ配りのおねえさんを捕まえて、地図を見せた。
やはり。
やはり間違えていた。歩道橋を渡ったらまっすぐ歩くだけなのに!
ぶち壊れた収集のつかない傘を抱え大雨の中ダッシュで戻ったが案の定遅刻した。
私のズタボロななりを見て状況は理解していただいたが先に到着されていた
本物の新人さん(4大を出たばかりの賢そうで初々しい皆さん)の視線が私に集中している。
このおばさんは一体なぜここまでズタボロなのか、と思われている事だろうよ。
それにしてもスーツが濡れているので寒い。
しかもモウレツに眠い。
一つの講座が終わり休憩になったのでトイレに行ったら、眠いはずだ、生理になっていた。
女は生理前や生理1〜2日目は一日中眠気と闘う。
よりによって、今日、今か!糞!
二つ目の講座も寒いし眠い。
遅刻して席が空いてなかったので私は講師の目の前に座っている。
寝るわけにはいかない。
靴を脱いだり履いたりしたが眠りに落ちる事と意識を失う事は似ている。
靴を履いた瞬間次脱ぐ動作に入る前に気付いたら目を閉じていた。
頭が揺れて慌てて目をさます。
このままではやばいので靴に加えて、メモをとり始めた。
しかしメモをとる時、人間は目線が下がる。
これは学生なら皆知っているだろうが、非常に危険な行為だ。
私は何故か手元の資料にプリントされた機械の一部を囲い、そこから矢印を引っ張って「素人」と書いていた。
こうしてなんとか午前中を乗り切った。
お昼は何かこじゃれたものを食べたかったのだが、雨が降っているのに傘がない。
せっかくスーツがちょっと乾いてきたのだ。遠くには行くまい。
ビルの1ブロック先に蕎麦屋があったのでそこまで走った。
蕎麦屋に入ると例の初々しい新人達が初々しく食事していた。
私は一人でカツ丼を食べた。
一人なので食べ終えるのも早い。
食器を返却棚に置いて「ごちそうさま」と言った直後、出口の段差に気付かずくじいてこけた。
店員には無視をされ、私はまた、後方から初々しい視線を感じた。
ああ、このおばさんは一体、どこまでズタボロになるのだろう、と思われていることだろうよ。
会社に戻って、1階にあったスタバでコーヒーを買った。
コーヒーを買い終わったら丁度戻ってきた初々しい集団に会った。
ああ、おばさんはコーヒーを買っている、と思われていることだろうよ。
午後の講座も眠気は去らず、また靴を脱いだり履いたりしてすごした。
3時にようやく研修が全て終了し、三重県に帰れることになった。
外に出たら、まだ雨が降っていた。
駅までたくさんの傘をよけてダッシュし、メガネに水しぶきを受けたまま土産をかい、山手線に乗った。
ホッとしていたところに品川駅近辺で強風の為電車前面停止の案内が流れてきた。
もはやこれまでかと観念しかけたところ、新幹線だけは動いているとの事。
ここに来て私の唯一のラッキーが出た訳である。
こうして無事に帰ってきたのだが、私は改めて自分の雨女ぶりに今回驚いた。
子供の頃から雨女なのだが、今回の件で私は砂漠にオアシスをもたらすかもしれないとさえ思う。
友達からは「MEGSが東京を出てすぐに雨はやみました」と知らせがあった。
それにしても地元は素晴らしい。
渋滞してもマイカー通勤ならあんな酸欠状態で立ちっぱなしの事はない。
事実、私は毎朝ラジオを聴きながらコーヒーをすすり、気持ちよく通勤させて頂いている。
景色も四季折々に美しい。
左ひじの下におおきなアザがある。
こけた時のものだ。今だに痛い。
地元の蕎麦屋なら、こけることもなかっただろうに・・・・、とさえ思う。
もしあの麗しの家族と私の田舎家族を比べて何か優れている事があるなら、
つまりそういう事だろう。
春爛漫、桜満開、四月ボケ。
- 2008/04/04(金) 22:48:55
働き始めて、早いもので2週間が経過した。
ようやく少しずつ職場に慣れてきたところなのだか、ここに来てようやく気付いた事がある。
・・・暇なのだ。
暇といっても、「別に忙しくはない」というような生半可なものではない。100%暇なのだ。
第一週目に私に引継ぎをしてくれた女性Kさんは主婦だった。
1歳の子供さんがおりしかも妊娠8ヶ月だったため、仕事は朝10時から夕方4時までだったのだが私は9時から5時半まで勤務である。
一度Kさんに「ここの仕事で一番困った事ってなんでしたか?」と聞いた事がある。
Kさんは「ない」と言った。
その時私は、Kさんがちょっと粋がっているかあるいは物凄くやり手なので全部短い勤務時間内にこなしてしまったかどちらかだと思ったものだった。
今にして思えば困るも何も、仕事がないのだ、そりゃ「ない」というしかない。
もちろん、全くない訳ではない。そんな仕事は漫画の世界にしかない。
しかしそれにしても現実世界でここまで暇でお金をもらっていると思うと、申し訳なさこの上ない。
私が忙しくなるのはアル中所長が海外物件をとってきたり別部署(といっても隣に座っている)の女性が忙しくて手助けがいる時だけである。
今のところ、隣に座っているSさんは暇らしく、今日は休みを取っていらっしゃった。
私は午前中に全ての仕事が終わってしまい、午後、ひたすら何かする事を探した。仕事をする時間に、する仕事を探していたのだ。
派遣として入社し2週間しかたっていない私に出来る仕事は限られており、私にはする事がないのは一目瞭然なのだが、営業の男性もアル中所長も特に仕事を言いつけてこない。
自分から聞けば良いと思われるだろうが、私の記憶によると、会社見学に来て初めてアル中所長にお会いした時、所長がおっしゃっていた。
「ま、うちはそんなにする事ありませんのや〜、自分で適当にする事探してもらわんとあきませんのや〜」と。
普通聞けないだろう、こんな事を最初に言われていたら。
私は、トイレ掃除をした。本来このプレハブ事務所は見た目によらず掃除は月一度、業者にお金を払ってやってもらっているのでトイレ掃除などする必要はない。それから私は名前だけ知っているが使ったことのないパワーポイントを練習した。今の御時勢パワーポイントはワード・エクセルと同様に必要な技術だ。さらに私は卓上カレンダーをもってないのでエクセルで4月のカレンダーを作った。作っても書き込む予定など何もない。仕事がないのだから。
こうして、私は今日一日仕事なのか何なのか分からぬまま働いた。
それでも何かしていないとうっかり睡魔に負ける。
この世には、こんな職場があったのか。私は今まで日本では事務員(正社員)として2社経験したがどちらも違うパターンながら、話によく聞く一般的な事務所であった。
一つ目にはパーフェクトなお局がおり、二つ目にはあり得ない量の仕事があった。
派遣とは、実はこのようなモノなのだろうか。
この上、9月のサイパン社員旅行にまで連れて行ってもらえるかもしれない。
甘やかされすぎて恐ろしいほどだ。
ちなみにアル中所長は今のところ酒を(私の前では)飲んでいない。
カメラ好き、自分の心、写るもの。
- 2008/03/30(日) 22:09:47
先日、我が家にてたこ焼きハウスパーティがあった。
オーストラリア人の友達が一人、日本人の友達が二人来たのだが
酒も入って盛り上がってきたところで一人の日本人がカメラを出したので
私ももう一人もつられて料理や友達を撮り出したのだが、
オーストラリア人はカメラを持ってきていなかった。
撮っても、別に送ってくれというわけでもない。
しばらくしてまた写真の撮りあいになった時、
「これが日本人の一番嫌なところの一つ」といわれた。
確かに日本人はミーハー率も高く、パー子的素質も持ち合わせている。
しかし友達同士で過ごす時間にとる写真は別に深い意味はなく
ただ思い出にとっているだけだと思うのだが
彼女は「見せびらかしたいからとっている人がいる」という。
そういう人も多いからそう思うのだろうというのも分かる。
現にトロントにいたとき、私は限られた生活の一部を写真に収めていたが
トロント人にとってはただの日常であり、誰も写真など欲しがることはなかったし、
やはり写真を嫌がる人も多かった。
私はそれ以来外国人の人と過ごす時あまりカメラを出さないようにしているが
今回は友達同士のパーティだったこともあり、
モロに撮っていたのでそれを言われて多少のショックを受けた。
良い機会でもあったので写真を撮る日本人(私)の気持ちを正直に伝えた。
彼女は本心かどうかわからないが「あなたたちは友達だからいい」と言ってくれた。
写真に残す事はアーティストでもない限り、それほど大きな意味はない。
それよりただその場を楽しくすごしていればいいという考え、格好良いので好きだ。
しかし私の中のパー子はいつも、うずうずする。
住む者の、心あらわす、台所。
- 2008/03/24(月) 22:02:32
本日は初出勤であった。
さほど緊張していなかったせいもあるが、
所長が出張で不在、しかもPCがメンテナンスでさほど使えなかった為
する事がなく、一日気楽に過ごして帰ってきた。
営業の男性も事務の女性も感じ良く、仕事さえ覚えたら仲良く楽しくやってゆけそうだ。
台所には、ゴミ箱が4つ。
生ゴミ、プラスチック、リサイクル、空き缶。
・・・空き缶!
思わず二度見してしまった。
大きめダンボールのゴミ箱の半分をア○ヒのスー○ードライが埋めている。
酒!?
いやまさか。ここで何かのパーティでもやった残骸なのだろう。
しかし気になる。
お昼休憩は事務員の女性2人と台所でお弁当を食べた。
やはり、気になる。
銀色のひしゃげた缶がまぶしく視界に入る。
さりげなく、しかし明確に聞いてみた。
「ここでビール飲まれたんですか?」
「あぁ。・・・所長がよく飲むの。・・・よく、飲むよ。」
よく!?
「所長さんは、何通勤されてるんですか?」
「・・・車」
車!
「大丈夫なんですか!」
「んー、大丈夫ではない・・・けど言える人おらんし」
「ご家族の方は心配されないんですか?」
「1回えらい事怒られたみたいでやめとったけど、最近また・・・」
所長はアル中なのだろうか。
明日には出張から帰ってくる。
振り向けば、春風のせて、カレー臭。
- 2008/03/16(日) 14:05:33
私は去年の11月までカナダのトロントに2年程すんでいた。
トロントといえば、モザイク都市。
世界中からの移民が集まる多文化都市である。
チャイナタウン、コリアンタウン、リトルイタリー、グリークタウン・・・
おかげで食文化が素晴らしく、日本ではまだメジャーでない国の料理が
いつでも食べられるという、年中イベントのような賑やかな町だ。
東京ではどうだか知らないが、私の地元ではインド料理さえ数多くはない。
しかも、さほどうまくもなかった。
そこで私はトロントのカレー天国、インディアンタウンにいってカレーを食べた。
それは友達がインド人から聞いた超お勧めのインド人御用達レストラン。
そこで、もっともお勧めのバターチキンを食べた。
・・・はまった。
はまってしまうと、日本のカレーはもはやカレーではなくなる。
地元にはこんなうまいカレー屋がなかった。
こうなったら帰国後は自分で作るしかない。
私は帰国直前にスパイスを大量買いしてきた。
別送品で送ったダンボールに入れたのだが、それが届いた時、ダンボールを突き破ってわきがのようなスパイスの香りがもれていた。
一緒に入れてあった衣類も皆、スパイシーな香りになった。
スパイスをタッパーに詰めて密封して棚に入れたが
棚を開け閉めする度にわきがの匂いがすると、母親から苦情が出た。
認めたら自分の部屋に持って行けと言われそうだったのであえて無視した。
ある日、晩御飯の最中に突然その匂いがしてきた。
今日はカレーではない。なんだ。匂いの元を探したら私が手にもっていたグレープフルーツ片だった。グレープフルーツを入れているタッパーに見覚えがある。ちょっと前までこれにスパイスを入れていたのだ。しかしちゃんと洗ったにも関わらずその匂い消え去らず、消え去らぬばかりか、グレープフルーツにまで乗り移るとは、なんと言う生命力、いや生臭力。
数ヶ月前に遡るが地元を友達とドライブしていると小さなカレー屋がオープンしていた。
なんだか薄暗い雰囲気で入りづらい感じだったが駄目元でトライした。
ところが、ここが大当たりだったのだ。
私は再びカレーにはまった。
カレー屋に通い、家では自分で作った。
カレー屋はうまい、自分のはうまくない。
食欲と創作意欲をかきたてられ、気付いたら私はカレー女になっていた。
カレー熱がさめやらぬまま本日小春日和、
前回作ったキーマカレーが冷凍室に残っていたので食べた。
「味が、ない」と家族に超不評だったカレー。
私には結構味があるように感じられるのだが。
もはや私の味覚はカレーを識別する能力がなくただ欲しているのだろうか。
それにしても最近外食に行く機会があるとカレーしか思いうかばぬ。
友達のリクエストで普通の洋食屋にいったのにも関わらず、
そこでメニューのカレーが目に止まり、「カレーか・・・」とつぶやいた。
「ごめんな、そんなにカレー食べたかったんやな」と友達に気を使わせてしまった。
家族にもたいそう呆れられており、飲みに行くというと
「飲みに行く」と言っているのに、
「カレーやろ」と言われ、
飲みに行くから帰りは遅いと言うと、
「飲みに行く」と言っているのに、
「そんな時間までカレー屋あいとんの?」と言われる。
多国籍食文化に想いを馳せる。
いつか地元を、日本のトロントにしたい・・・。
- 2008/03/09(日) 14:55:48
トロントにいた時、私は小さな雑貨屋でアルバイトをしていた。
雑貨屋のオーナーは中国人の中年女性。
非常に若く、というか幼く見える人だったが
故郷の香港を離れて20年、一人で強く生きてきたのだろう、
目つきはチャイニーズマフィアの如く鋭い(悪い)。
そして商売繁盛を願うあまり金にがめつい。
性格もいたって頑固でキツく、多数のアルバイトから嫌われていた。
よくよく付き合っていると、全く悪い人ではないのだ。
根本はむしろ、寛容で人懐っこい。
私はよく彼女と喧嘩をした。
しかし不思議と彼女を嫌いにはならなかった。
感謝をしない、謝らない、素直じゃない。
私の母親の性格に非常に似ていたのだ。
つまり、私自身にも似ていたのだろう。
一つの事にのめりこんで周りとのバランスを崩す、そんな性格だ。
彼女は20年トロントにいながら、英語があまりうまくない。
中国人はかたまるので英語を学ばない。
当然文化も学ばない。
彼女は店頭で、お客がいるにも関わらず屁をひった。
私がしゃがんで何かしている時、目の前に来て屁をひった。
見上げると、表情は屁をひる前と何一つ変わっていない。
何のコメントもなくまじめな顔でどこかを見ている。
ところがだ。
ある日彼女が仕事の指示を私に出していた時、突然しゃっくりをした。
「ソーリー・・・」彼女はちょっと恥ずかしそうにキョロキョロした。
謝るべき事とは、文化によってかくも違うのである。
私は、怒るべき事がわからなくなった。
それから彼女とも非常に仲良くすごし、私がトロントを去る日、彼女は泣いた。
世界には、食・文化・宗教など様々な違いがある。
一つにまとめようとし過ぎるあまり、ぶつかる。
ぶつかる前に違う文化というものを静かに眺めてみてはどうだろう、と思う。
人体の、神秘便意に、見えにけり。
- 2008/03/04(火) 22:38:48
本日、久しぶりにハラワタが煮えくり返る事があり、
思わず剣を抜きそうになったが、鞘をつかんだまま踏みとどまった。
でも怒りをこらえるあまり声が震えて震えて多分相手には伝わっていただろうが、必死で喉に力こめて、何とかかんとかこらえた。
それで気になったのだが、
人間は糞尿をこらえる時、力を入れる場所はもちろん、ご存知出てくる場所であるが、
感情をこらえる時、こらえているのは分かるのだが自分でどこをこらえているのか、分かっている人はいるのだろうか。
本日の様子では、私が怒りをこらえる時は多分、喉だ。
まぁ、手や足だという人もいらっしゃるだろう。
さらに考えてみたが、笑いをこらえる時も多分、喉だ。
怒りの時とは若干違うが、こう、喉を全開にして空気を通す事でごまかす気がする。
そして悲しみは多分、目であり涙腺であり同時にやはり、喉だ。
しかしピンポイントでここ!という場所は分からないし、実際筋肉を動かして力を入れるというより何か、こう、意識して蓋するという感じがするから、
一体どこをどうしているのだろう・・・・と風呂にはいっている間中考えていた。
世の中には、怒りを乳首でこらえるという人もいるのかもしれない。
ちなみ爪や髪の毛などこらえなくともよいものはこらえられぬように出来ているというのは、ちょっと凄いではないか。
もしもウンコが絶対に我慢できぬ体だったらと思ったら・・・・


