エコロジー、自分自身にも、気遣いを。

  • 2008/04/30(水) 15:40:26

昨日からゴールデンウィークに入った。
といっても、派遣の身に大型連休は痛いだけであまり嬉しくない。
大型だろうが小型だろうが、特に予定があるわけでもないのだ。

しかし、せっかく久々に平日が暇になったのだから平日しか出来ない事を、
初めての献血を試みようと赤十字センターまで行ってきた。
元々私は健康診断の採血程度でもすぐ気分が悪くなってしまう。
しばらく前にHIVの検査に行った時もやはり目を回した。
なので献血の種類を受付のお姉さんに相談したところ、
お姉さんは医務室の先生に聞きに行った。

少しして先生が何やらオドオドと貧相な顔で、すみませんと謝りながら出てきて
問診表を書く為に並べられている席を私に勧めた。
当然書くのだろうと机に向かって座ったら先生は私の真横に
ひざまずく形に姿勢を低くし、オドオドしながら言った。
「申し訳ございません。貧血症の方はちょっとご遠慮頂いてまして・・・」
丁重にお断りされた。

あくまでもボランティアで成り立つ献血は問診等を通して
ある程度提供者にとって安全だと確認できない場合、
血を抜かないという事らしい。
立ちくらみ、貧血症程度でもしばらく寝ていれば直ると血を抜いて、
その後トイレでこけて頭打って死んだとなったら責任問題になってしまう可能性がある。
基本的に血さえ健康なら良いというものでは、ないのだ。
骨髄バンクの方も採血が数回ある事や、骨髄(すなわち血を作る組織)を抜く行為であるという理由で断られた。
その先生によると、事実、全身麻酔を施し、いざ血を抜いたら本人が急激な
低血圧を起こして結局自分の体に戻したという事もあるそうだ。
先生も、今度はお姉さんもオドオドしながら
「せっかく来て頂いたのに申し訳ないです。せめてお飲み物でも飲んで、
ゆっくりしていって下さい。また体質が変わったらお願いしますね」と言った。
申し訳ないのはこっちである。
私はオドオドし、コーヒーを頂いた。

それにしても目を開けば、当たり前のように健康な人間が視界に入る。
自分もその一人だと、献血(良い事)をするのだと、浮かれていた気がする。
自分が健康でなければ、他人の健康の手助けなど当然出来ない。
献血をする側とされる側が逆転することもあるだろう。
そして、怪我病気等での手術は毎日いたる所で行われており、
それに伴って当たり前のように輸血が行われていると想像できるが、
よくそんなに血があったものだと本日初めて感心した。
赤十字センターで採血を終えて休憩されていたのはたった二人。
採血室にはその時だれもいなかった。
私の地元だけで考えても病院の数は赤十字センターの何倍だろう。

とりあえず、私は体質改善をして行こうと思う。

  • 2008/04/20(日) 20:47:34

本日はとても気持ちの良い一日であったので何度も庭にでて
私の可愛い新芽をいじって過ごした。

そもそも私が種を蒔いたのはまだ風の冷たい冬、
部屋の中ならよかろうと思ったのが大間違いでパセリもカモミールも
芽を出したものの、驚く程成長しなくなっていた。
死んでいるのか?と何度も思ったほどだ。
しかし芽は緑色をしており、死んでいるわけではなさそうだったので
捨てるわけにも行かず、あきらめ半分に庭に場所を変えてあったのだ。

このところ気候が著しく変化しているので先週あらたに紫蘇とズッキーニを
蒔いたのだがこちらは当然まだ芽も出てはいない。
しかしながら少し前に、はやる気持ちを抑えきれずに蒔いたバジルは芽を出した。
いまにも食いつきたくなるような、可愛い芽である。
どういうわけかサイズ的にはカモミールもパセリも既に追い抜いた。
そして、先日の恵みの雨に続いて昨日今日と随分暖かかったわけだが、
死んでいるとまで思われていたパセリとカモミールがここに来てぐいぐい
伸びて来たではないか。
思い起こせば、あれはまだ寒い頃、「芽が出たら株を分けてやる」と友達に豪語し、その後会う度に「芽は、どうなっているのだ」と言われたものだ。
友よ、その日は近いぞ。

カモミール
カモミール
パセリ
パセリ
Basil
バジル

・・・どういう芸術感覚をしているのかバジルについてはどの芽にも焦点が合っていない。

雨女、畑いじって、田舎ぐらし。

  • 2008/04/13(日) 15:10:09

先週の事になるが、新人研修の為ヘッドオフィスのある東京は渋谷まで出掛けた。
新人研修といっても私はただの派遣社員なのでわざわざヘッドオフィスで研修など受けたところで業務に何の良い影響もない。
しかし会社は景気が良いのか、費用はきっちり負担してくださる。
私も調子に乗って、東京に出張だと大げさに言いまわった。
前泊の必要があったのだがホテルは自分で探さなければならないかわりに
領収書をとっておく必要もない。
一律で12000円支給と規定されているのだ。
もちろん、友達の家に泊まった。

本当は渋谷の友達にお願いしたかったのだが最近忙しくしているのか、
メール送っても音沙汰がなかったので練馬にすむ友達に頼んだ。
彼女とはトロントで知り合った。
よく考えるとそんなに親しくしていなかったかもしれない。
彼女は東京で生まれ、茨城で育ち、中学の時に一家でロスへわたった。
それからトロントの大学を卒業し、そのままトロントで働いていた。
英語はもちろんペラペラのペラリンチョ、見た目麗しく、アートを愛し、性格は明るく、これまた麗しい彼氏がいる。
東京にある家は彼女の祖母が残した家で、とても古いものではあったが東京に家があるというだけでも何か金持ちの響きがするではないか。
私が泊まらせて頂く日にご両親もロスから法事の為帰国されており、
東京で働く彼女の兄(二人いるのだが一人はロス)と家族そろっての晩御飯にお邪魔させて頂く事になった。
ご両親はとても上品かつ明るい方で、特にお父さんは牧師さんらしいのだが非常によく喋る。
お兄さんはこれまた見た目麗しく、カナダ人の彼女を連れてきており、
必然的に家族の会話が英語になっているのだ。
なんと言う別世界。
生まれる環境によってこんなにも基準が違ってくるのか!
比べる事さえ許されない雰囲気が漂っている。

ともあれ、その日はご自宅にお邪魔した。
雨が随分ふっていた。
翌朝、彼女のお母さんはお味噌汁と鳥のから揚げを作ってくれた。
から揚げ・・・?
ありがたくいただき、急いで準備をしたがまるで台風のような雨と風。
タクシーを呼ぶことにしたものの、東京ではこんな日、考える事は皆同じなのかタクシー会社が電話に出ない。
仕方なく駅までなんとか歩き、電車に乗った。
しかし酷い、なんていう混雑、まさにTOKIO・大都会!!!!
彼女が「今までこんなひどい事は無かったんだけどねぇ」と言った。
天候のせいで電車が遅れ、通勤ラッシュの時間帯がズレているようだ。
なかなか目的地につかないギュウギュウ詰めの電車に2回乗り、
新宿で友達と別れ私は渋谷へ。
ちゃんとしたお礼も言えず、人ごみに流されるようにして別れた。
渋谷から会社までは近いはずなのだが、地図はあてにならない。
私は方向音痴なのだ。
駅を出、方向を確かめ、歩道橋を確認し、傘をさして歩き出した。
直後に、強風にあおられ傘がぶち壊れてしまった。
ティッシュ配りのお姉さんが「ティッシュどうぞ、・・・でも傘が壊れてますね・・・」と言ってきた。
ありがとう、とティッシュをもらい、会社は近いはずなので小走りに先を急いだが一向に会社らしき建物が出てこない。
大きな、よく分かるビルのはず。
私は別のティッシュ配りのおねえさんを捕まえて、地図を見せた。
やはり。
やはり間違えていた。歩道橋を渡ったらまっすぐ歩くだけなのに!
ぶち壊れた収集のつかない傘を抱え大雨の中ダッシュで戻ったが案の定遅刻した。
私のズタボロななりを見て状況は理解していただいたが先に到着されていた
本物の新人さん(4大を出たばかりの賢そうで初々しい皆さん)の視線が私に集中している。
このおばさんは一体なぜここまでズタボロなのか、と思われている事だろうよ。
それにしてもスーツが濡れているので寒い。
しかもモウレツに眠い。
一つの講座が終わり休憩になったのでトイレに行ったら、眠いはずだ、生理になっていた。
女は生理前や生理1〜2日目は一日中眠気と闘う。
よりによって、今日、今か!糞!
二つ目の講座も寒いし眠い。
遅刻して席が空いてなかったので私は講師の目の前に座っている。
寝るわけにはいかない。
靴を脱いだり履いたりしたが眠りに落ちる事と意識を失う事は似ている。
靴を履いた瞬間次脱ぐ動作に入る前に気付いたら目を閉じていた。
頭が揺れて慌てて目をさます。
このままではやばいので靴に加えて、メモをとり始めた。
しかしメモをとる時、人間は目線が下がる。
これは学生なら皆知っているだろうが、非常に危険な行為だ。
私は何故か手元の資料にプリントされた機械の一部を囲い、そこから矢印を引っ張って「素人」と書いていた。
こうしてなんとか午前中を乗り切った。

お昼は何かこじゃれたものを食べたかったのだが、雨が降っているのに傘がない。
せっかくスーツがちょっと乾いてきたのだ。遠くには行くまい。
ビルの1ブロック先に蕎麦屋があったのでそこまで走った。
蕎麦屋に入ると例の初々しい新人達が初々しく食事していた。
私は一人でカツ丼を食べた。
一人なので食べ終えるのも早い。
食器を返却棚に置いて「ごちそうさま」と言った直後、出口の段差に気付かずくじいてこけた。
店員には無視をされ、私はまた、後方から初々しい視線を感じた。
ああ、このおばさんは一体、どこまでズタボロになるのだろう、と思われていることだろうよ。
会社に戻って、1階にあったスタバでコーヒーを買った。
コーヒーを買い終わったら丁度戻ってきた初々しい集団に会った。
ああ、おばさんはコーヒーを買っている、と思われていることだろうよ。

午後の講座も眠気は去らず、また靴を脱いだり履いたりしてすごした。
3時にようやく研修が全て終了し、三重県に帰れることになった。
外に出たら、まだ雨が降っていた。
駅までたくさんの傘をよけてダッシュし、メガネに水しぶきを受けたまま土産をかい、山手線に乗った。
ホッとしていたところに品川駅近辺で強風の為電車前面停止の案内が流れてきた。
もはやこれまでかと観念しかけたところ、新幹線だけは動いているとの事。
ここに来て私の唯一のラッキーが出た訳である。
こうして無事に帰ってきたのだが、私は改めて自分の雨女ぶりに今回驚いた。
子供の頃から雨女なのだが、今回の件で私は砂漠にオアシスをもたらすかもしれないとさえ思う。
友達からは「MEGSが東京を出てすぐに雨はやみました」と知らせがあった。

それにしても地元は素晴らしい。
渋滞してもマイカー通勤ならあんな酸欠状態で立ちっぱなしの事はない。
事実、私は毎朝ラジオを聴きながらコーヒーをすすり、気持ちよく通勤させて頂いている。
景色も四季折々に美しい。
左ひじの下におおきなアザがある。
こけた時のものだ。今だに痛い。
地元の蕎麦屋なら、こけることもなかっただろうに・・・・、とさえ思う。
もしあの麗しの家族と私の田舎家族を比べて何か優れている事があるなら、
つまりそういう事だろう。



春爛漫、桜満開、四月ボケ。

  • 2008/04/04(金) 22:48:55

働き始めて、早いもので2週間が経過した。
ようやく少しずつ職場に慣れてきたところなのだか、ここに来てようやく気付いた事がある。
・・・暇なのだ。
暇といっても、「別に忙しくはない」というような生半可なものではない。100%暇なのだ。

第一週目に私に引継ぎをしてくれた女性Kさんは主婦だった。
1歳の子供さんがおりしかも妊娠8ヶ月だったため、仕事は朝10時から夕方4時までだったのだが私は9時から5時半まで勤務である。
一度Kさんに「ここの仕事で一番困った事ってなんでしたか?」と聞いた事がある。
Kさんは「ない」と言った。
その時私は、Kさんがちょっと粋がっているかあるいは物凄くやり手なので全部短い勤務時間内にこなしてしまったかどちらかだと思ったものだった。
今にして思えば困るも何も、仕事がないのだ、そりゃ「ない」というしかない。
もちろん、全くない訳ではない。そんな仕事は漫画の世界にしかない。
しかしそれにしても現実世界でここまで暇でお金をもらっていると思うと、申し訳なさこの上ない。
私が忙しくなるのはアル中所長が海外物件をとってきたり別部署(といっても隣に座っている)の女性が忙しくて手助けがいる時だけである。
今のところ、隣に座っているSさんは暇らしく、今日は休みを取っていらっしゃった。
私は午前中に全ての仕事が終わってしまい、午後、ひたすら何かする事を探した。仕事をする時間に、する仕事を探していたのだ。
派遣として入社し2週間しかたっていない私に出来る仕事は限られており、私にはする事がないのは一目瞭然なのだが、営業の男性もアル中所長も特に仕事を言いつけてこない。
自分から聞けば良いと思われるだろうが、私の記憶によると、会社見学に来て初めてアル中所長にお会いした時、所長がおっしゃっていた。
「ま、うちはそんなにする事ありませんのや〜、自分で適当にする事探してもらわんとあきませんのや〜」と。
普通聞けないだろう、こんな事を最初に言われていたら。
私は、トイレ掃除をした。本来このプレハブ事務所は見た目によらず掃除は月一度、業者にお金を払ってやってもらっているのでトイレ掃除などする必要はない。それから私は名前だけ知っているが使ったことのないパワーポイントを練習した。今の御時勢パワーポイントはワード・エクセルと同様に必要な技術だ。さらに私は卓上カレンダーをもってないのでエクセルで4月のカレンダーを作った。作っても書き込む予定など何もない。仕事がないのだから。
こうして、私は今日一日仕事なのか何なのか分からぬまま働いた。
それでも何かしていないとうっかり睡魔に負ける。

この世には、こんな職場があったのか。私は今まで日本では事務員(正社員)として2社経験したがどちらも違うパターンながら、話によく聞く一般的な事務所であった。
一つ目にはパーフェクトなお局がおり、二つ目にはあり得ない量の仕事があった。
派遣とは、実はこのようなモノなのだろうか。
この上、9月のサイパン社員旅行にまで連れて行ってもらえるかもしれない。

甘やかされすぎて恐ろしいほどだ。
ちなみにアル中所長は今のところ酒を(私の前では)飲んでいない。